国際ネットワーク大学コンソーシアム共同授業(岐阜県と岐阜県内13大学・短期大学が参加)の2000年度後期授業として「21世福祉社会論」(授業担当大学:岐阜経済大学)が開講された。そのなかの担当授業「労働者生活と福祉社会」(2000/12/15)を紹介する。講義要綱を少しばかり加筆・訂正し、資料をその後に公開されたデータによって補正した。 戻る
労働者生活と福祉社会
―労働経済論の立場から福祉を考える―
1.労働者生活と福祉社会
福祉社会とはすべての者が豊かで、充実した、人間らしい生活を営める社会である。これはすべての者の理想である。20世紀は一面では戦争と略奪の時代ではあったが、もう一面では社会保障などの「相互扶助」の社会システムを生み出してきた。これは福祉社会を実現するための重要な一歩である。しかしこれはあくまでも一歩である。豊かな生活を実現する可能性を奪われないことであっても、それが保障されたわけではない。21世紀が真に福祉社会を実現しようとするならば、生活そのものを根本から変えることをめざさなければならない。それが単に理想を語ることに終わらないためには、現代の生活のどこを、どのように変えていくかという戦略が必要である。福祉社会は天のかなたからやってくるものではなく、人々の絶えざる努力によって創造するものである。福祉とはそうした社会を実現するための人々の共同の営みというべきである。したがって21世紀福祉社会の構想は現代の生活を根本から見つめ直すことから始めなければならない。福祉社会を構想する前提として労働者生活を取り上げるのは、それが現代生活の典型だからである。
たとえていえばこうである。生活に障害を持つもの(たとえば高齢者)が豊かな生活を実現するためには「介護される」ことが前提ではあるが、それがすべてではない。「生きがい」を創造するための自己の努力とそのための援助が不可欠である。また「介護する」者がそれによって自らの「生きがい」を失うとすれば、それもまた豊かな生活から遠ざかることになる。「介護される」また「介護する」ことは最も人間的なふれあいであり、それ自体は豊かな生活の一つの契機となるはずである。そうなるためには生活のあり方そのものが変わらなければならない。要約すれば、福祉の生活への内在化である。
2.労働者生活の特質
労働者生活は現代社会のもっとも普遍的な生活のあり方である。これを素描すると次のようになる。毎日会社に出かけ、そこで労働し、それによって得た賃金によって生活(狭義)し、同時に明日の労働のためのエネルギーを回復する。また、1週間のほとんどを労働に費やし、限られた休日を利用してようやく家族や地域でのコミュニケーションを実現し、同時に次の1週間のエネルギーを蓄える。さらに生れてから青年期に至るまでは学習中心の生活を営み、これを基礎として長い労働を中心とした成年期を送り、老年期に入るとともに労働からは次第に隠退し、ようやく自分のための生活に入ることになる。1日についても、さらに1生涯についてもこうした生活のあり方が国民の生活の多数を占める。
この生活の基本的特徴をあげれば、一つは労働が生活の中心になっていることであり、二つめは本来の自分のための生活が労働にあてられた生活の残余になっていることである。労働が生活の中心であることは、物質的、時間的、また空間的な意味でも認めざるをえない。人間の生涯の中で最も活動的な時間が労働にあてられていることが当然とされてきたのである。しかもこの労働は基本的には他人のために行われるのであり、自分のために自由に使える時間ではない。そのため生活の一部とはみなされないないことのほうが一般的でもある。しかし残された生活のなかで豊かさを実現することはきわめて困難である。これもまた物質的、時間的、さらに空間的な意味で認めざるをえない。人間が自己の多面的な能力を開花させうるような生命活動を生活というならば、それを実現するためには労働を含めた生活全体を再構成することが必要になるだろう。「介護される」ことによって生を維持することはもちろん前提ではあるが、それがただちに生を全うしたことにはつながらないというべきであろう。現実の生活と福祉社会との間には大きな隔たりがある。
3.労働者生活の実態
福祉社会の実現にむけて労働を含む生活全体を再構成するという壮大な展望を提起したとしても、そこへ接近するために乗り越えるべき課題は多い。それを労働者生活の実態のなかから見つめなおすことが必要である。それを生活を福祉化するという面と、福祉を生活に内在化するという面からみてみよう。それはいわば「介護される」者としての労働者と「介護する」者としての労働者の両面から生活を考えることである。(以下、本章では各図を参照)
1)生活の福祉化
失業・不安定雇用の増大と生活不安
失業は労働する機会を奪う。それは収入がなくなることによる生活不安に直結している。それとともに労働という生活の重要な部分を失うことになる。働きすぎとともに働けないことも生活の福祉化の障害である。また近年では不安定雇用が著しく増大してきている。とくに女性では「非正規」雇用の割合が50%に近づいている。不安定雇用は収入を不安化するとともに労働という生活も不安定化する。
図1 失業と不安定雇用の増大
長時間労働とゆとりの喪失
長時間労働は生活のゆとりを奪うとともに、疲労の蓄積が正常な労働の維持すら不可能にする。「過労死」はそうした事態の典型である。長時間労働が生活の福祉化の障害であることは明瞭である。残念ながらわが国は長時間労働という点で世界の先進国のである。国際的批判もありわが国の年間労働時間の平均は1800時間に近づいてきた。しかし残業時間が相変わらず長く、サービス残業もなくならないもとでは労働時間の短縮の相当な部分は名目的なものである。さらに労働生産性が上昇していることをみれば労働自体のゆとりも減少しているといわざるをえない。労働時間の実質的短縮は容易でないのが実態である。
図2 就業率の上昇・高齢者就業率の停滞
図3 賃金の停滞・男女賃金格差の構造化
図4 長時間労働の持続(年間労働時間と労働生産性推移)
家族の不安定化と家族崩壊
長時間労働とともに「家族総働き」の広がりは家族の生活を縮小する。家族は生活の場として重要な役割をはたしてきた。家族は保育、教育、介護、看護など生活に不可欠な機能を担うとともになによりも共同の生活を創り出してきた。しかしそうした家族は急速に失われてきている。家族が「ねぐら」の機能しか果たさなければ、それに適した家族形態が広がる。近年の小家族化の強まりは
家族の生活創造機能の縮小と結びついている。「単身世帯」と「夫婦世帯」を合わせた割合はすでに全世帯の半分に近づいている。
図5 家族の不安定化(a 世帯類型別推移、b 世帯類型別高齢者数の推移)
老後不安
生活のほとんどを労働にあて、十分な蓄えもなく、しかも支えられべき家族が崩壊しているもとで老後を迎えることは生活不安に直結している。こうした老後は決してめずらしいものではない。現代の生活のあり方そのものがその背景だからである。高齢者が社会の担い手として生涯を全うするためには、労働を含めた生活の再構成が必要である。定年年齢は徐々に上昇しているが高齢者の就業する機会は限られている。
生涯に渡る労働と生活のバランスをとるという課題は手がかりすら定かではない。
図2 就業率の上昇・高齢者就業率の停滞 再掲
2)福祉の生活化
福祉社会を生み出すための共同の営みに能動的に参加することも生活の豊かさの重要な内容である。福祉は労働のあり方を変える重要な契機を含んでいる。福祉労働はそうした営みのなかで中心的な役割を担いうる可能性を持っている。しかし福祉労働もあるときは奉仕精神、またあるときには営利主義の対象になっている。はなばなしく発足した介護保険のもとでもヘルパーの時給は1000円強(1時間弱の複合介護)の相場に留まっている。福祉労働は単なる介護サービス労働ではないはずである。
図6 介護保険体制下の民間介護事業と介護賃金の事例
4.福祉社会と地域
福祉社会の実現に向けた課題は重くて大きい。とはいえそれは労働者自身がその課題の解決をを担わざるをえない。それが可能かどうかの明確な解答を今ただちにすることは困難である。しかし少なくとも労働者が自らの生活を見つめ直すことが出発点である。労働者は企業でも、家族でもない、地域という共同生活の場に自らを置いてみることによって初めてその出発点に立つことになるだろう。