大学祭実行委員・クラブの部長・教職・そしてアルバイトの日々 ――支えてくれた仲間に感謝!!
スポーツ経営学科3年 薗田実華
スポーツ経営学科3年 上田 悠
―――園田さん、上田さんは、大学祭実行委員をやりながら、クラブの部長も務められました。まずお二人が、大学祭実行委員会に参加するようになったきっかけを聞かせてください。

入学式後のパーティで先輩から勧誘され、女子6人で入りました。
きっかけは、楽しい!アーティストに会える!と言われたからです。
高校のときも実行委員をやっていて楽しかったから、自分たちで作り上げる学園祭に興味がありました。
岐経大・岐阜女子大・東海学院・岐阜高専の4校で構成されている岐阜県学園祭連盟というのがあり、他大学と交流できるということで参加しました。
―――大学祭の準備は、どんなことを。
最初の仕事は企業に広告をもらいに行くこと。広告取りは広報担当。私は、パンフレット担当なので、企業からいただいた広告の原稿作りが最初の仕事でした。
私はケータリング担当。学園祭当日、アーティストの接待を主にしていました。
その他にも、装飾・テント・フリーマーケットなどの担当がいます。1年生の時は学園祭の準備で深夜12時を超えることもありました。
岐経祭には、毎年多くの他大学の方が手伝いに来てくださいます。
今年の大学祭のステージ設営では、その人たちのために女子3人で「まかない」を100食くらいつくりました。
―――かなりハードな仕事ですが、やめようと思ったことは。
毎年「今年でやめよう!」と思い続け、今年まで頑張りました。
やめようと思ったのは、夜遅い作業が大変で、肉体的にも精神的にも本当に辛かったからです。
でも学園祭が終わった後のエンディングで先輩たちの話を聞くとやめられなかった。この達成感があったから続けられたと思います。
女子がいないので、仕事が引き継げなかったため。誰にも仕事を引き継げずやめることはできなかった。
最後まで残ったのは、責任感と達成感からですね。
―――実行委員をやっていて良かったと思うことは。
全部良かった!いい思い出、それ以上のものがあった。言葉ではうまく言えないけど、2人が感じたものは、3年間続けることができたからこそ味わえたもの。得るものはスゴク多かった。
一人ではやることが多すぎて、いろいろな人の手を借りることによって、周りの大事さを感じられた。実行委員の仲間は、最初は苦手だったけど、今では大好きです。みんな信頼し合っています。男子は女子の何十倍も頑張ってくれて、男子の努力は比じゃない。ほんと、男子には感謝しています。
―――ところでお二人は、大学祭実行委員の仕事をこなしながら、それぞれクラブでも活躍されていますね。

女子バスケット部に所属し、キャプテンをしていました。
中・高とバスケをしていましたが、本学に入学したら、女子バスケット部がなかった。
それで、1年生の時は、社会人クラブと大垣女子短大の合同でバスケの練習をしていました。
2年生になった時、後輩5人に声をかけられ、2年の4人と合わせてメンバーが揃ったので、同好会を結成しました。
岐阜県や東海リーグの試合に出たりしています。
岐阜県リーグでは1部で2位でした。

バドミントン部で、1年生後半から部長を務めました。
1学年上に先輩が一人もいなかったので、3年生がやめるときに指名されたためです。
クラブで部長と実行委員の両立が大変でしたが、部員がカバーしてくれたおかげでどちらも頑張ることができました。
―――お二人は、アルバイトもやっているそうですね。よくそんな時間が取れますね。
焼肉屋さんでアルバイトしています。生活費は、奨学金(日本学生支援機構)とアルバイトで賄っています。家からの仕送りは一切なし。
授業料だけ親に負担してもらっています。
スイミングスクールでインストラクターのアルバイトしています。家賃は親に負担してもらっていますが、それ以外は家からの仕送りはないので、生活費はアルバイトで稼いでいます。
―――将来の希望を聞かせてください。
大学に入る目的は「先生」になることだったけれど、勉強していくうちに、企業に勤めたいという思いが大きくなってきました。
教職は入学の目的だったので受けていますが、将来は、スポーツ用品販売店で、バイヤーをやりたいというのが、目下の第一希望です。
高校の時からインストラクターを目指していました。
今、スイミングスクールでアルバイトをはじめ子どもたちと触れ合うことによって、スポーツの楽しさを伝えられるインストラクターの道に進みたいという想いが強くなりました。
でも、教職を勉強したことは、スポーツクラブで子どもたちに教えるのに役に立っています。
フィードバックなど授業で教えてもらったことが、しっかり活かされていて、教職を勉強したことが役に立っています。













