教員紹介

木村 隆之(きむら たかゆき)/教授

学位

経済学修士

研究テーマ

経済政策経営史 / 社会政策 / 労働経済

研究業績

  • 「民間宅地開発事業の発展」、『経済論叢』第118巻1・2号、1976年8月
  • 「労働市場と農村過剰人口」西村豁通編、『現代の福祉政策と労働問題』(社会政策研究大会社会政策叢書第Ⅴ集)、啓文社、1983年5月
  • 「地域労働市場の概念」、『経済科学論集』第10号、1985年3月
  • 「過疎化と地域労働市場」内藤正中編著、『過疎問題と地方自治体』、多賀出版、1991年1月
  • 「構造変動下の地域問題」、岐阜経済大学地域経済研究所『地域経済』第15集、1995年5月
  • 「雇用問題と社会政策」社会政策学会(編)、『社会政策における国家と地域』(社会政策学会誌第3号)、御茶の水書房、2000年4月
  • 「メガコンペティション下の地域雇用構造の再編」、『労務理論学会研究年報』第10号、2000年12月
  • 「労働運動の高揚と再編」(第1部3章第3節ほか5節)、岐阜県『岐阜県史 通史編 続・現代』、2003年3月
  • 「雇用政策の展開」、『経済論叢』第173巻1号、2004年1月
  • 「介護保険制度改革への展望」、『地域経済』第25集、2006年3月
  • 「高山市における地域資源活用型体験交流プログラムの現状と展望」、『地域経済』2008年3月

担当科目

経済政策 / 労働経済論 / 演習I / 演習II / 基礎演習

メッセージ

経済学の不人気が言われて久しい。それは経済学の目的が見失われてきているからではないだろうか。皆さんは、何のために経済学を勉強するのか考えたことがあるだろうか。それについては実はいろいろな考え方があるが、有力なものは社会の貧困の克服こそが目的であるという考え方である。かつて貧困は富の絶対的不足による飢餓・不衛生などを意味すると考えられ、それが当然とも考えられていた。ところが近年では、「飽食」、「リッチ」、「金満」などの言葉とともに、こうした貧困が少なくとも日本では目立たなくなってきている(目立たなくされているとも言えるが)。それとともに経済学の目的すらも見失われてきている。そこから企業の業績や国の財政にばかり目を向けた経済学が目立つようになっている。これでは経済学が面白くないのも仕方がないとも言える。貧困のとらえ方が狭すぎるのである。

貧困は富の偏在や富の生産のための人間や自然の犠牲も含めて、もっと多面的にとらえられるべきである。世界に目をむければ、飢餓に苦しむ何億もの人々が存在し、戦争の止むときはなく、防災の立ち遅れが甚大な地震災害を生んでいる。国内に目を向けても、長時間・過密労働、リストラ、ニート、ホームレス、家族崩壊、児童虐待など貧困を示す事象は枚挙にいとまのないほどである。幼いときからの競争の渦が(何のための競争なのだろうか?)、人々の友情、愛情、信頼、連帯といった大切なものを奪っていった結果ではないだろうか。競争に勝つこと、人を蹴落とすことにより大きな価値をおく社会が貧困と無縁だと言えるだろうか。経済学の目的は、こうした貧困の原因を解明し、その解決方法を探ることに置かれるべきである。上にあげたような貧困はわれわれ一般国民の暮らしとどこかで関わりあっている。だから経済学はわれわれにとって本来は決して縁遠いものではないはずである。

これに関連して、近年の大きな気がかりは、演習(ゼミ)での仲間意識の乏しさである。本学では少人数教育重視の観点から、1年から4年まで継続して演習に参加するシステムになっている(基礎演習、演習I~III)。演習は勉強の場であると同時に、人間的成長の場でもある。仲間と共に学ぶなかで、友情、信頼、連帯の意識を身に着けていくことが大切である。実はいろいろ事情で演習を休む学生もいる(長期に渡る場合もある)が、それを仲間として心配する気持ちが感じられないことが多い。休む学生には単位を与えなければよいのだと言う学生が多く、どうして休んだのか心配する者はきわめて少ない。また演習のなかは仲のよいもの同士でいくつかのグループに分かれてしまうことも多い。ここにも幼いときから人々に競争と自己責任強いる社会の影響が現れてはいないだろうか。これを自覚できない学生があまりに多いことが残念でならない。私は演習でゼミナール大会や卒論発表会への出場を強く勧めている。友情、信頼、連帯の意識を身に着けることが何よりも大切だと感じているからである。

サイト

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連絡先

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