創立50周年記念事業

創立50周年記念事業をはじめるにあたって

学長
  • 創立50周年記念事業実行委員会
    委員長 石原 健一

 1967年4月、本学はその産声をあげた。設立趣意書には以下のようなことが書かれている。
 「まず、有為な人材育成に着目し、一は創造発見の能力伸長を図り、一は社会指導の負荷に耐えうる知才の涵養に留意し、もつて人間資質の真価を発揚せしめることが最も肝要と思います」
 「ここに青年学徒の教育地はもつぱら都塵をさけ自然の環境にめぐまれた大垣市の中心部より北部にはなれること三,〇〇〇米、文化においては昔日大垣城下古献豊かな適地に校地を求めて大学を設立し、もつて一面近代的広域行政にもとずく学園都市形成をめざす地元先覚の要望に応えて、中部岐阜県独自の壮大なる気宇を培い理想に燃えつつも現実より遊離せず他日内外に雄飛する気魄をもつ青年社会人を育成しようとするものであります」

 この設立趣意書には、本学の成り立ちから本学の今日的な課題までの、本質的な部分について触れたものとなっている。本学がその中心課題と位置付けている有為な人材の育成を目指し、それが、創造力の発展であると同時に、責任ある立場にたってもひるまない人間力の育成をともなって推進されねばならないことが述べられている。また、大垣の地にあって学園群を形成し、その中心として、岐阜県全体に理想に燃えた将来のリーダー層を輩出すること。そして、「内外に雄飛する気魄を持つ青年社会人の育成」を謳っているところは、今日のグローバル社会での人材育成の課題をまさに予見していたかのようである。

 この、壮大にして、気魄あふる設立趣意書に、本学の50年の歴史がどこまで応えてきたかについては、自ら深思反省するとともに、地域の諸先達の率直な評価を仰ぐものである。
 例えば、開学後、数十年に渡り、実際には愛知県からの進学者が多かったことなど、当初の地元の期待からははずれてしまったものであったかもしれない。他方、地域に人材を輩出するという点で、本学は24,000名を超える卒業生を送り出し、中には地元岐阜県、さらには愛知県において経営者として活躍される人材も多数おられるということに、幾ばくかの矜持を覚えるところである。とはいえ、この壮大にして、挑戦の志溢れる文書に比し、今日の本学にはまだまだ欠けたるところが多いと言わざるをえない。
 そこで、本学は、創立50周年の大きな節目を迎えるにあたり、建学の趣旨を再確認し、ここに再び開学する(生まれる)ような気概をもって、創立50周年の記念事業を進めていくことを決意した。
 本学への期待、本学の課題、本学の可能性を再確認し、学びの内実において、地域社会のリーダー養成という初発からの課題と期待に応えるべく、環境を整え直し、充実した教育への挑戦にさらに邁進したいと考えるものである。時代は当時とは正反対に、少子化の流れが進んでいる。しかし、どれほど環境が変わろうとも、本質的に、教育に求められるものは不変であり、その課題に対して真摯に向き合うことこそが、将来を約束する一里塚になるものと考える。
 また、本学はこの50年のなかで、スポーツの分野について、新たに踏み出し、着実な成果を収めてきた。他方で、女子学生の進学者が十分に増えていないことや、留学生や社会人の進学者がまだまだ少ないことなども反省し、より広い層から支持される大学に脱皮していかねばならないとも考えるものである。男女共同参画社会の推進、多文化共生社会の実現、生涯学習社会の充実は、今日の社会的な課題であり、大学はその先陣を切って、取り組まねばならないだろう。本学は、この50周年を期に、新たな支持者を得、社会の課題解決に貢献すべく、多岐に渡って、具体的な施策に踏み出すものである。

 教育は、もとより、その責任者たちが、その精神と努力によって進めるものではあるが、地域に有為な人材を輩出していくためには、地域におけるご理解とご協力が不可避のものといえる。関係各位にあっては、更なるご理解、ご指導、ご鞭撻を賜らんことをお願いする所存です。